キリンリキのしっぽのアレが考える

キリンリキのしっぽのアレが考える

ようこそ! キリンリキのしっぽには小さな脳がありますが、そんな不思議なしっぽが一生懸命に何かを考えている…そのような眼差しで見て頂ければ幸いです

お腹をさすってくれた先生

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例えば、これから長くプレイしたいと考えるほどハマったオンラインゲームが、ある日サービス終了を告げられる。
楽しみにしていた某アニメで、まさかの監督降板が発表されて優しい世界観が台無し。
インターネットが大好きで生き甲斐だったのに、悲しいことが多すぎて何だか居心地が悪くなってきたと感じた時。

 

皆さんも趣味に限らず、学校や社会で大小さまざまな悩みがあって、一生懸命過ごしているはず
戦争をしているわけではないし、余暇を楽しむ物もたくさん存在します。しかし、その余暇を楽しむ環境があっても誰もが優しいとは限りません。

プレッシャーに押し潰されそうになると別人のよう人が豹変することは、皆さんも十分体験して分かっているはず

 

自分語りのようで申し訳ありませんが、過去を振り返った時に、学生・社会人と人間関係を含めて思い出したくない記憶でいっぱいです。

今現在でも、大きな失敗をして痛い目を見る・トラウマとなっている一場面を夢で見て、何かにすがりたくなる時があります。そんな方はきっと多いのではないでしょうか。

 

私自身の能力の無さを痛感し絶望しつつ、人と人が上手く折り合いを付けながらコミュニケーションを取ることの難しさを感じているのです。

 

私にとっての余暇・辛いことからの逃げ道だったインターネットが、たまに上で述べたような辛さを感じることが増えました。それは何かに対する自分の考えに絶望したり、周囲の環境や手動で対処しなければいけない事柄の多さ・難しさによるものと考えています。

 

そんなごちゃごちゃしたことを考える内に、楽しいことなんて何もなかった学生・社会人時の数少ない優しさを感じた出来事を、最近になって思い出すことが増えた気がするのです。

本当の善意か分かりませんし、相手は嫌々取り繕ってくれただけかもしれませんが…。

 

一つ思い出すのが、ストレスかどうか原因が分からないけれど、中学生の時に授業中お腹が痛み出したことがあります。

その時に国語か英語か記憶が曖昧ですが、担当の先生が私を気遣って終始お腹をさすってくれたことです。

 

今思い返すと、まるで子どもをあやす親のような行為ですよね。

しかも、私と先生は同性同士でロマンティックの欠片もない・大勢の生徒が授業を受けている教室の中での出来事です。

異様に見える光景でしたが、当時はその行為が不思議と嬉しかったと記憶してます。

 

以前から、授業中に腹痛を訴えることがありました。横になれば痛みが和らぐことが多い症状でしたが、多くの先生が心配しつつも「痛いなら早く保健室に行けよ」という態度が現れていたし、中学特有の厳しいルール・環境によって、保健室に行ったから改善されるとも思えませんでした。

 

そんな時のお腹をサスサスです。

学生時代の思い出なんて何も無いと考えていたのに、最近そのことばかり思い出します。

中学生時代の先生方と同級生たちには絶対に会いたくないけれど、お腹をさすってくれた先生だけは一生会えないと理解しつつ、会って感謝の言葉を言いたいな…。先生は恐らく覚えてないだろうけど

 

世の中で「優しさ」が綺麗事だったり、無理やり泣かせにくる要素として捉えられがち。

接する機会が多いアニメ・ゲーム、映画でも、その流れが多くて落ち込むことがあります。

 

本当の優しさとは?

と問われたら返答に困りますが、お腹をさすってくれた先生の行為こそが、本当の優しさであってほしいと強く思いますね。