キリンリキのしっぽのアレが考える

相手が見えないゲームで、分かり合えた気がしたとき

スポーツなどで試合が終わると両軍の選手が握手を交わしたり、敵味方関係なくお互いの検討を称えあう〝ノーサイド〟の行為を目にすることがあります。

素晴らしいことですし、本当に美しい行為であると思います。お互いが少しでも分かり合えたことに意味があって、簡単にできる行動ではないから、とても希少で素敵なんです。

 

ノーサイド〟ではないのですが、それに近しい気持ちになれたことが、インターネットやオンラインゲームなどであります。

人 対 人 ですから、勝ち負けがあるわけで…。エンジョイ勢やガチ勢といったもの関係なく、勝敗をつけるゲームは荒れやすいし、皆が一人のプレイヤーとして勝ちたいに決っています。

 

そんなネット世紀末な環境で、対戦を通じて「あ! この人と分かり合えるかも…」と本能的に思えることがあるんですね。

 

ポケモンのオンライン対戦なんかでも、チャット機能がないにも関わらず、相手側が何を考えているのか理解できる瞬間がありました。

それは「次にどのポケモンを出すのか…」といった戦術的なことではなくて、相手が今何を考えているのか、雰囲気で会話をする感覚。想像の範囲内ではあるものの理解できる時があるです。

 

この現象は対戦系のゲーム以外でも感じたことがあります。

例えば、「面白いこと以外、なんでもできるゲーム」と呼ばれ、良くも悪くもプレイヤーに愛されたmeet-meのプレイ時、まったく面識がないユーザーと狭い建物内で2人きりになった時がありました。

 

私はオンラインでも重度のコミュしょうなので、普通なら一目散に建物から出る行動に出たはずでした。しかし、その方がいても居心地が良くて、アニメーションチップを使って軽くジェスチャー合戦をしたり、相手の方が何を考えてプレイしているのか分かり合えた気がしました。

そのあいだ全くチャットはしませんでしたし、お友達にもならず、その場を後にしましたが…。

 

そんな感じでネット上で架空のキャラを介して対面したにも関わらず、そしてチャットを打たなくとも、その人の考えが伝わってくる。

本当は私の勘違いであって、相手はまったく違うことを考えいるのかもしれません。

しかし、見えない相手に対して、少しでも〝分かり合えた〟と思えた瞬間はなんとも嬉しいです(#^.^#)

 

分かり合えたと思えた後に、フレンドになるわけでもチャットをするわけでもない。その場から静かに去ることが多い。今に思えば会話をしたりフレンド申請をすれば良かったのかな…と少しだけ後悔していますが…、後味が凄く良くて、気に入っている何とも言えない感覚ですね。